
映画界の巨匠スティーブン・スピルバーグがその名を広めるきっかけとなった作品がトラック映画であることはあまり知られていません。正確には米ABCのムービーオブザウィークのために作られたTV用映画なのですが、現在でもカルト的な人気を誇り、後のポップカルチャーにも影響を与えました。実際に走るトラックの魅力を感じることが出来る【トラック映画レビュー】今回は、スピルバーグ監督の「激突!」をご紹介します。
原題 | “DUEL” |
公開 | 1971年 ABC Movie of the weekにて放送 |
監督 | スティーブン・スピルバーグ |
原作・脚本 | リチャード・マシスン |
主演 | デニス・ウィーバー |
登場する主なトラック | Peterbilt 281/351 |
デニス・ウィーバー演じる主人公のセールスマン、デイビッドは出張先で運転中にボロボロのトラックに遭遇する。トラックの運転にいらだちを覚えたデイビットはトラックを追い越したものの、トラックはすぐに追い返してくる。次第にトラックドライバーの悪意を感じるようになったデイビッドは、給油や休憩で停車しトラックをやり過ごそうとするが、それでもトラックは急に現れ、執拗に追いかけてくる。もはや悪意を超えた殺意を感じ、逃げ場が無くなったデイビッドはトラックドライバーとの「DUEL(決闘)」を決意する…。

ネタバレになるような核心部分は最後の段落で触れますが、ざっくりこの作品を説明すると「あおり運転映画」です。原作・脚本のリチャード・マシスンは、ある日ゴルフの途中でケネディ大統領が暗殺されたニュースを知ってひどくショックを受けます。しかもそういうときに限って悪いことは立て続けに起きるもので、その帰りの道中で追い打ちをかけるようにトラックから猛烈なあおり運転を受けたことが本作の構想につながりました。

本作のトラックドライバーは劇中で一度も言葉を発しないだけでなく、顔にも暗い影を落としているので全く正体がわかりません。この演出によって、ドライバーという人間個人ではなくトラックそのものが巨大な怪物として襲い掛かってくるような錯覚に陥ることで、話し合いや理性で解決できない相手と直面していることを強く感じさせます。
突如として命にかかわるような脅威にさらされる公道での出来事、運転中誰もが経験するであろう路上での様々な恐怖体験が、本作の共感性を高めている一番のポイントではないでしょうか。
スピルバーグは製作にあたっていくつかのトラックを下見した際に、Peterbilt 281が真っ先に目に留まったと後のインタビューで語っています。281/351(前者がシングル、後者がダブルアクスル)はピータービルト社の赤い楕円形エンブレムがつけられた最初のボンネットトラックで、グリルに向かって先細りになったデザインは“ニードルノーズ”または“ナローノーズ”と呼ばれています。

先細りしたボンネットによる視認性の高さと、整備性に優れたバタフライフードを採用したことで人気を博した同モデルは1954~76年の20年以上に渡って製造されました。

劇中のトラックをよく見ていると、フロントグリルが開いたり閉まったりしていることが確認できます。これはグリルシャッターと呼ばれる機構で、エンジンの熱や流入空気量の管理を効率的に行うため状況に応じてブラインドのように開け閉めします。今でもプリウスが採用するなど現役バリバリの機械構造です。

劇中車は全体的に錆び付いた塗装を施し、ヘッドライトやフロントグリルに虫の死骸を貼り付け、過去に仕留めた相手のナンバープレートをバンパーに並べることで得体の知れない気味の悪さを強調しています。劇場ではなくテレビ放送用に作られた作品ですので当時の家庭用ブラウン管を通して視聴した際に果たして虫の死骸がどこまで見えるのか疑問ではありますが、こうしたディティールの各所に若き日のスピルバーグ(撮影当時25歳)の熱意が感じ取れると思います。実際スピルバーグも過去の自分を立ち返る大事な作品として同作を挙げ、毎年必ず見返しているそうです。
作品が人気となり、劇場公開が決まった際に尺調整のため追加撮影が行われましたが、この際使用されたのは351とされています。ピータービルト社のモデル名法則として、1980年以前のモデルで2から始まる場合はシングルアクスルまたはタグアクスル(車軸が地面から離れる機構)、3から始まる場合はタンデムアクスルとなっています。
追い詰められた主人公はトラックと闘うことを決め、車同士で“激突”するようにみせかけて寸前で脱出し、怪物トラックは崖下へ転落大破することでエンディングを迎えます(この撮影時、リモート制御装置が故障したためトラック側のスタントドライバーは転落寸前で飛び降りたのでよく見ると運転席側のドアが開いています)。スピルバーグ作品でどこか見覚えがあるこの筋書き、まさに「ジョーズの陸版」とでも言いますか、いやジョーズが「激突!の海版」、と雑語りしたら怒られそうですが、得体の知れない恐怖に付きまとわれ、パニックになるそのフォーマットとして大いに影響があったことは間違いありません。実際ジョーズもサメの姿はヒレがチラチラと見えるだけで全貌がはっきり映し出されない演出ですし、ラストシーンでトラックが崖下に土煙を上げながら落下崩壊していくシーンで聞こえるうめき声のようなサウンドは、ジョーズにおいても仕留めたサメが血煙に巻かれながら海底に沈んでいくという構造的に似通ったシーンで同じ音源が使用されています。

「激突!」がその後のポップカルチャーに与えた影響も大きく、日本のアニメだと「ルパン三世 ~峰不二子という女~」の13話で登場するトラック(炎上させるためトラックごとつっこむシーン)はまさに激突仕様の281がモデルとなっています。ゲームだとGrand Theft Auto Vでトラックに道を阻まれ襲撃を受けるランダムイベント、その名も「DUEL」が存在するなど、現在でも「トラックの悪役」イメージで同作をモチーフとした作品が多く存在します。
原作の舞台となっているのはモハーヴェ砂漠一帯、映画の撮影はカリフォルニアのキャニオン・カントリー周辺で行われました。SCSソフトウェアのことなのでこれほど有名なトラック映画ならなにかしらのランドマークを配置していると思って探してみたのですが、それらしいものは確認出来ませんでした。雰囲気を感じられる場所を挙げるとすればモハーヴェとバーストーの中間あたりに位置するボラックスのビジターセンターがオススメです。

ここはシークレットルートを通じてカリフォルニア最大級の露天掘りが一望できるビューポイント(上画像)になっています。夕暮れ時にピータービルトのタンカーで荒野の斜面を爆走すれば、まさにラストシーンで主人公を追い詰める殺人トラックの運転手になりきれること間違いなしですが、間違っても斜面から転落大破しないように注意しながら走ってください。

個人的にもトラック映画の代表作として、いやスピルバーグ監督の映画を代表してオススメしたい作品です。なんといっても281がこれだけ暴れまわる姿を眺めることが出来る貴重な作品というだけ個人的に大満足なのですが、あいにく主要なサブスクで公開されていないため、ソフトを購入しないと視聴できません。それでも”サブスクされていない作品からでないと摂取出来ないエンタメ成分”というのは間違いなくあると思いますので、もし興味がある方は是非ご視聴してみて下さい。
最後までお読み頂きありがとうございました。